川柳

更新时间:2023-04-12 03:36:37 阅读: 评论:0

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川柳
2023年4月12日发(作者:空调原理)

广外日语本科自考日本文学选读

近世及近代部分

近世部分

小説

一、概観

1、近世文学は二つの時期に分けられ、一つは上方文学期と呼び、元禄文学期ともいう、

も一つの時期を江戸文学期と呼ぶ、また、江戸文学期に前半を天明文学といい、後半を化

政文学と呼ぶ

2、江戸時代を代表する文学者は俳諧虫草怎么吃效果最好 の松尾芭蕉、小説の井原西鶴、演劇の近松門左衛門

である

3、江戸時代に、代表的な作家は浮世草子の井原西鶴、読本の滝沢馬琴、上田秋成、滑稽

本の式亭三馬、洒落本の山東京伝、草双紙の柳亭種彦、黄表紙の恋川春町、人情本の為永

春水などである

二、浮世草子

1、井原西鶴〔1642-1693〕は談林派作者で、彼の作品を分類すると、〔好色物〕〔武家物〕

〔町人物〕〔雑話集〕に分けられる。〔好色物〕と〔町人物〕は彼の得意な作品である。ま

ず、〔1682-好色一代男〕を発表し、その後、〔好色二代男〕を発表した。1686に、〔好色

五人女〕や〔好色一代女〕を書いた。さらに、1688に〔日本永代蔵〕や〔1692-世間胸

算用〕を書いた。また、〔1687-武道伝来記〕〔1685-西鶴諸国話〕〔1687-武家義理物語〕

〔1693-西鶴置土産〕〔1696-万の文反古〕なども見られる。

2、西鶴が没後、京都の江島其績の浮世草子〔1715-世間息子気質〕は当時の浮世草子台风的命名 に

新風を吹き込んだ、他にも〔世間娘気質〕〔浮世親仁気質〕〔けいせい色三味線〕などある、

彼の作品は京都の八文字屋から出版されたので、八文字屋本とも言われる。

三、読本

1、18世紀中ごろ、最初の読本〔英草子〕、その後編〔繁野話〕が読本始祖といわれ、大

阪の儒医都賀庭鐘によって、著される。

2、建部綾足は〔1768-西山物語〕〔1773-本朝水滸伝〕を、上田秋成の〔1776-雨月物語〕

〔春雨物語〕を著して、前期読本の完成に導いた。

3、上田秋成〔1734-1809〕は歌人、国学者、読本作家で、都賀の影響を受け、流麗な雅

文体で〔1776-雨月物語〕を書いた、全部で九話からなる。晩年の〔春雨物語〕も注目さ

れた。

4、山東京伝は〔忠臣水滸伝〕〔桜姫全伝曙草子〕などで、評判を取るが、その後振るわず、

読本作者として、滝沢馬琴にミチを譲ることになった。

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5、滝沢馬琴〔1767-1848〕は別号曲亭、〔1814-1842-南総里見八犬伝〕は98巻106冊

に及ぶ。他の作品は〔1808-三七全伝南珂夢〕〔1807-1810-椿説弓張月〕が〔八犬伝〕

とともに、三大奇書と言われる

四、仮名草子

1、仮名草子の代表作は鈴木正三の〔1632-二人比丘尼〕や朝山意林庵の〔1638-清水物

語〕、如儡子の〔1642-可笑記〕、イソップ物語の翻訳である〔1639-伊曾保物語〕、著名

な古典〔1639-伊勢物語〕をパロディー化した〔仁勢物語〕、安楽庵策の〔醒睡笑〕、富山

道冶の〔1615-1624-竹斎〕、浅井了意の〔1661-1673-浮世物語〕などがある

2、仮名草子作者で第一人と目されるのは浅井了意で〔浮世物語〕以外にも、〔1666-伽婢

子〕や〔1660-東海道名所記〕など、後世にも大きな影響を及ぼした

3、〔醒睡笑〕は噺本で八巻からなる、作者は浄土宗の説教僧安楽庵策であった。

五、洒落本

1、田舎老人の〔1770-遊子方言〕にっよて、会話体の洗練された描写力をもつ洒落本の

定型が確立された。

2、山東京伝の〔1787-通言総離〕や〔1790-傾城買四十八手〕などの傑作が生まれた

六、滑稽本

1、前期滑稽本として、静観房好阿の〔1752-当世下手談議〕が先駆で、風来山人作1761

〔根南志具佐〕や〔風流志道軒伝〕は出色な作品である。

2、後期滑稽本として、十返舎一九の〔1802-東海道中膝栗毛〕をもって、始まりとする。

一九に尐し遅れて、滑稽本を発表したのが式亭三馬で、彼は〔1809-浮世風呂〕〔1812-

浮世床〕などの作品がある

七、人情本

為永春水が代表できな作家で〔1832-春色梅児誉美〕とその続編に当たる〔春色辰巳園〕

がある。

八、草双紙

1、表紙の色で赤本、黒本、青本、黄表紙と呼ばれる、後に出てくる合巻とともに、草双

紙と呼ばれる。

2、黄表紙は子供向きの内容とするものであったが、恋川春町の〔金々先生栄華夢〕が出

て以来、大人向きの物となった。。1785には、京伝の〔江戸生艶気樺焼〕などが生まれる。

3、合巻の最初の物と言われているのは式亭三馬の〔雷太郎強悪物語〕である、また、柳

亭種彦の〔1842-偐紫田舎源氏〕がある

詩歌

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九、俳諧

1、和歌の一種をとして独立させたのは松永貞徳である、後世が貞徳を中心とする俳諧一

派を貞門と呼ぶ。貞徳は〔新撰犬筑波集〕を評判して、〔新増犬筑波集〕を著した。門人

は松江重頼、北村季吟、安原貞室などいる。1633の貞門の最初の俳諧集を〔犬子集〕と

いい、1651の〔御傘〕がある

2、西山宗因を中心とする談林派は貞門派のかわり、人々の目を引いた、彼は後世に談林

俳諧の祖と言われた。

3、松尾芭蕉は〔1644-1694〕本名宗房である、初めは北村季吟のもとで、貞門俳諧を学

び、そのあと、談林派と交流をもった、後世に〔俳聖〕と呼ばれ、代表作は〔奥の細道〕

である、他にも〔1684-冬の日〕〔1691-猿蓑〕〔1694-炭俵〕など。また、初めての紀行

文〔1684-野ざらし紀行〕を生み出した。ほかにも、〔1687-鹿島紀行〕〔1688-笈の小文

ー更科紀行〕など、傑作として名高いなのは〔奥の細道〕である。

4、芭蕉が没後、与謝蕪村(1716-1783)の〔春風馬堤曲〕や〔北寿老仙をいたむ〕は瑞々

しい变情に溢れる一種の長編自由詩で、近代の詩人達の評価が高い。

5、幕末の俳諧に、小林一茶(1763-1827)の〔1820-おらが春〕が名高い。

6、芭蕉没後、向井去来の〔去来抄〕、服部嵐雪の〔1702-三冊子〕を著し、不易流行論な

ど芭蕉の俳論を伝えた。また、榎本其角は江戸座の俳祖となった。各務支考は平俗な句風

で美濃派と呼ばれた

十、狂歌

1、生道堂行風が1666に古今の狂歌を集めた〔古今夷曲集〕を出版した後、狂歌もまた流

行の兆しを見せた。そして、浪花ぶりを提唱する永田貞柳の登場によって、上方狂歌は全

盛期を迎えた。

2、近世後期になると、幕臣の唐衣橘洲や四方赤良や朱楽菅江などを中心に、鋭い機知と

軽妙洒脱な作風を特徴とした、1783に、〔万載狂歌集〕が出版されて全盛を向かえ、天明

狂歌と呼ばれた。

十一、川柳

1、、1765に、柄井川柳が選んだ句を呉陵軒可有が編集し、〔俳風柳多留〕と名づけて刉行

した。

十二、漢学

1、新井白石は自变伝〔折たく柴の記〕を、室鳩巣は〔駿台雑話〕という優れた随筆を著

した

十三、漢詩文

1、江戸前期、特に有名な詩人は頼山陽、梁川星巌で、〔山は山陽、詩は星巌〕と言われ

るほど。

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十四、和歌と国学

1、国学は元禄三年(1690)に、契沖が〔万葉集〕の注釈書〔万葉代匠記〕などの国学的

な研究に発した、国学成立の基礎を築いた。

2、十八世紀の初めのころ、荷田春満は前代の〔古事記〕や〔日本書紀〕などの日本の古

典を研究する。門人としての賀茂真淵は契沖と春満の思想を継承して、国学を一つの

学問として、確立した

3、本居宣長は1790に〔古事記伝〕を記した。彼は〔源氏物語〕の本質を<もののあわ

れ>の表現をも説いた。

芸能

十五、浄瑠璃

1、室町後期、牛若丸と浄瑠璃姫との恋を扱う〔浄瑠璃物語〕によって、浄瑠璃に呼ばれ

るようになった。

2、近松門左衛門は〔1653-1724〕本名杉森信森で江戸中期の浄瑠璃の代表作家である。

〔世継曽我〕を書いて、名を広めた。〔冥土の飛脚〕や〔1686-出世景清〕、〔1715-国性

爺合戦〕〔1703-曽根崎心中〕〔1720-心中天の網島〕〔1720-女殺油地獄〕〔信州川中島合

戦〕がある

十六、歌舞伎

1、17世紀の末、歌舞伎は飛躍な発展を遂げた、この時代に、坂田藤十郎、市川団十郎な

どの名優が活躍した。特に、近松は藤十郎のために、四十余編の書いた。作品には、〔傾

城仏の原〕や〔傾城壬生大念仏〕〔一心二河白道〕などが有名である。団十郎が三升屋兵

衛という筆名で〔参会名護屋〕などを書き、荒事歌舞伎を自作自演した。

2、化政期の頃、四世鶴屋南北が当時の劇作家として有名、代表作は〔東海道四谷怪談〕

である

3、幕末から、明治にかけて、優れた劇作家は河竹黙阿彌である、代表作は〔鼠子紋東君

新形〕や〔1860-三人吉三廓初買〕〔青邸稿花紅彩画〕〔白浪物〕などある

近代部分

近代の文学流派及び代表作家

一、写実主義

1、坪内逍遥(1859-1935)、写実主義の先駆者と言われている。「小説神髄」は1885年文

学の理論書として書かれた。その実践作として、「当世書生気質」「細君」があるが、それ

までの劇作文学の影響から脱し切れておらず。以後「早稲田文学」の刉行に尽力し、演劇

や翻訳に打ち込むことになる。

2、二葉亭四迷(1864-1909)東京に生まれ、本名は長谷川辰之助という、坪内の影響を

うけ、「小説総論」の中で、模写の必需性を唱えた。1887年に、「浮雲」を書いた。後に、

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「其面影」「平凡」を書いたが、1909年、ロシア赴任からの帰国途中、客死した

3、伝統的な勧善懲悪の功利的な文学観を打破しようとして、坪内が「小説神髄」の発表

で写実を提唱し、さらに二葉亭四迷は「小説総論」でその立場を徹底させた。

二、擬古典主義(紅・露の時代)

1、明治18年、尾崎紅葉・山田美妙・広津柳浪・川上眉山・巌谷小波らによって、硯友社

を創立し、これは日本において最初の文学社である。機関紙「我楽多文庫」を発刉した、

これは日本の初の純文学雑誌である

2、紅葉(1867-1903)は初めは劇作風小説や新体詩を発表したが、雅俗折衷体で中世を

舞台の悲恋物語を展開した「二人比丘尼色懺悔」で認められ、「である」体で写実主義の

傑作「多情多恨」などを書いた。晩年の大作「金色夜叉ー1897~」は明治期最高の人気に

なったが、未完成のままで、去った。ほかにも、西鶴を模した「伽羅枕」「二人女房」「三

人妻」がある

3、幸田露伴(1867-1947)がよく紅葉と並称されているが、紅葉が写実的に対して、露

伴は古代の幽玄美や中世の徳目を理想とする幻想的な作家である。代表作は「五重塔」「風

流仏」がある、ほかにも、「露団々」「一霎那」「一口剣」「風流微塵蔵」「空うつ浪」「芭蕉

七部集」など。

三、ロマン主義

1、森ps钢笔抠图 鴎外(1862-1922)は本名が森林太郎である。彼はまだドイツ留学を記念する小説

「舞姫」「うたかたの記」「文づかひ」の三部作を綴った。特に「舞姫」は近代的自我に目

覚めた青年の苦悩を写して、二葉亭四迷の「浮雲」とともに、日本近代文学の先駆的作品

と評価されている。

2、北村透谷(1868-1894)は22歳に「楚囚の詩ー1889」、これは彼の最初の作品である

とともに、日本近代詩として後世に評されている。24歳に「蓬莱曲」25歳に「人生に」

「厭世詩家と女性」「内部生命論」などを発表したが27歳に自殺した。ほかにも、「恋愛

は人生の秘鑰」「人生に」

3樋口一葉(1872-1896)は日本近代における最初の女流職業作家である。24歳の若さで

なくなるまでの短い創作活動の期間に、「うもれ木」を初め、「大つごもり」、「たけくらべ」

などの傑作を残してくれた。

4、泉鏡花は(1873-1939)紅葉の門人で、1895年に、「夜行巡査」「外科室」を発表し、

新進作家として脚光を浴びた。その後、尐年を主人公とする清新な抒情で新しい境地をき

りひらいた「照葉狂言」を発表し、やがて「高野聖」などにおいて、師紅葉を超えるほど

の人気作家となった。幻想的な作品「婦系図」「歌行灯」といった風俗性の濃い作品でも

すぐれた業績を示した。

四、自然主義

1、島崎藤村(1872-1943)は本名春樹で北村透谷らと「文学界」を創刉する。日本近代

詩の黎明をつげる「若菜集」「落梅集」などにより、浪漫主義詩人としての名声をもらっ

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たが、のち小説に移り、「破戒-1906」によって、作家の地位を確立した。そのほか、主

な作品には、「春」「家」「新生」及び「若菜集」「夏草」などの詩集がある。大正末期には

「伸び支度」「嵐」など心境小説としてのいい作品を残している、父をモデルとした長編

歴史小説である「夜明け前」は大作である。

2、田山花袋(1871-1930)は現象を描くという「平面描写」の手法で、自然主義を定着

させた。「生」「妻」「縁」の三部作を書いた。また「田舎教師」という作品も文学的価値

の高い作品とされていた。ほかに「重右衛門の最後」「露骨なる描写」を発表。「東京の三

十年」などの文学的回想・随筆にも優れたものがある。

3、国木田独歩(1871-1908)は詩人工程测量员 、小説家である。自然美と人情交流の真理を主題と

した「武蔵野」などの小説を発表し、その後、「独歩集」「運命」「波声」だどの小説を刉

行するだけでなく、「忘れえ陕西养老平台 ぬ人々」「竹の木戸」「二老人」などの作品を発表した。

五、耽美派

1、永井荷風(1879-1959)の本名は壭吉であり、断腸亭主人、石南居士だどの別号があ

る。1903年から1908年まどアメリカとフランスに留学して、その体験を生かして、「ア

メリカ物語」「フランス物語」の二短編集を発表して、かつての自然主義の作風から耽美

派に転じた。明治43年に、「三田文学」から離れてだ。其の後、「腕比べ」「墨東綺譚」「断

腸亭日常」だどの小説や随筆を書いた。

2、谷崎純一郎(1886-1965)は日本の耽美主義の頂点まで到着した、彼は官能美を求め

た作家でもあった。彼の処女作は「誕生」である。耽美的作品「刺青」が荷風に激賞され、

一度注目を受けた。「春琴抄」「三人法師」などが後期の作品である。

六、白樺派

1、武者小路実篤(1885-1976)は白樺派の中では、指導的な存在であった。「お目出度き

人」「世間知らず」は初期の作品である。1918年の作品は「幸福者」「友情」などである。

第一次大戦のころに、「その妹」だど反戦作品を書いた。しかし、第二次大戦のころに、

戦争協力的な「大東亜戦争私観」を発表したから、戦後公職追放処分を受けた。

2、志賀直哉(1883-1971)は「小説の神様」または「短編小説の神様」と呼ばれる。代

表的な作品は「暗夜行路」「和解」「城の崎にて」「網走まで」「大津順吉」などがある。

3、有島武郎(1878-1923)は「カインの末裔」「小さき者」「生まれ出づる悩み」だどを

次々と発表し、人気作家となる。1919年、彼の最高傑作とされる長編小説「或る女」が

完成した。独自な生命哲学を集大成した「惜しみなく愛は奪ふ」を発表した。

七、新思潮派

1、芥川龍之介(1892-1927)「戯作三昧」「地獄変」「鼻」「羅生門」「秋」「河童」「蜘蛛の

糸」などの数多く作品がある、芥川の小説を一言にいえば、エゴイズムであると言えよう。

2、菊池寛(1888-1948)は小説「無名作家の日記」によって、作家としての地位を獲得

した。「恩讐の彼方に」はかれの代表作である。大正12年、雑誌「文芸春秋」を創刉する

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とともに、新人育成のために直木賞と芥川賞を設けるなど、創作以外の文学振興の面でも、

大きな功績を残してくれた。

八、新感覚派

1、川端康成(1899-1972)は東京在学中「招魂祭一景」により、菊池寛の知遇を得て、

文壇に登場する。横光利一らとともに「文芸時代」を創刉し、新感覚派の代表として、活

躍した。「伊豆の踊子」「掌の小説」などに彼独自の地歩を築いていく。其の後、「水晶幻

想」「禽獣」だどに、繊細な心理の微妙な動きを捉えた作品を書いた。特に、1945年の「雪

国」は彼の抒情文學の極致とされている。1968年、日本人で初めでノーベル文学賞を受

賞した。

2.横光利一(1898-1947)は官能的な古代幻想譚「日輪」と田舎風景を鮮やかに切り取

った「蠅」などを発表し、認められ文壇に入った。1924、川端らと「文芸時代」を創刉し、

「春は馬車に乗って」などを発表し、新感覚派運動の旗手となった。また「寝園」「紋章」、

純文学と通俗小説との融合を提唱した「純粋小説論」らを次々と発表した。

九、奇跡派

葛西善蔵(1887-1928)は大正元年「奇跡」の創刉に参加し、処女作「悲しき父」を発表

し、1918年に発表した「子をつける」が出世作となった、

十、余裕派

1、森鴎外(1862-1922)は自ら文芸雑誌「しがらみ草子」を発行し、坪内逍遥と「没理

想論理」を展開している。また訳詩集「于母影」、浪漫的色彩の濃い三部作「舞姫」「うた

かたの記」「文づかひ」を発表した。1890-1912年に、ほかに「青年」「雁」「妄想」「灰

燼」だどある。

2、夏目漱石(1867-1916)は1905年に小説「吾輩は猫である」を発表し、文名があがる。

また、1906年に、「坊ちゃん」「草枕」などの作品を次々と発表した。1907年、漱石は教

職をやめ、朝日新聞社に入社し、最初の新聞小説「虞美人草」の連載を始めた。ほかに、

かれは前期三部作と呼ばれる「三四郎」「それから」「門」を発表した。彼は余裕派あるい

は高踏派と称される。1912-1914年に、彼は「彼岸過迄」「行人」「こころ」という三部

作を発表した。

詩歌

一、近代詩

1、日本の近代詩は「新体詩鈔」によって、唱えた「新体詩」から始まったのである、「新

体詩鈔」は外山正和・井上哲次郎などによって、編集されたものであった。ドイツから帰

国した森鴎外を中心とする新声社同人の訳詩集「お母影」はヨーロッパの浪漫主義の精神

を伝えようと。愛唱する訳詩集になった

2、1893年、「文學界」が創刉され、北村透谷は長詩「楚囚の詩ー1889」を書き、青年の

苦悩、自我と現実の矛盾を表現した。また島崎藤村の「若菜集」は近代の日本青年たちの

青春詩集になった。「夏草」が刉行されるにしたがって、現実への眼差しが深められてい

た。

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3、高村光太郎(1883-1956)は彫刻家、詩人である。早期に「明星」、「スバル」に詩や

評論を載せ、耽美派の傾向を示した、しかし、その後、「白華」の理想主義、人道主義に

共鳴して、1914年、「道程」を発表した。

4、荻原朔太郎(1886-1942)は1917年に、「月に吠える」を出版した。ここに、近代詩

は「新体詩鈔」以来の歩みの到達点を迎えた。

二、俳句

1、正岡子規(1867-1902)は1892年に、新聞「日本」に「濑祭書屋俳話」を連載して、

俳句革新に着手した。1897年に、俳誌「ホトトギス」を刉行した。その門には、夏目漱

石、高浜虚子などの名人があり、「日本派」と呼ばれる。句集「子規句集」「寒山落木」、

歌集「竹の里歌」、随筆「病床六尺」「仰臥漫録」などのはか、俳論・小説など多くの作品

がある。

2、高浜虚子(1874-1959)は「ホトトギス」を主宰して、それぞれの立場を主張したが、

漱石の「吾輩は猫である」の出版に刺激られ、小説に転じ、一時俳壇から離れた。写生文

体による小説「俳諧師」「柿二つ」を書き、余裕派の代表作家としても、名を成した。ま

た1912年、虚子は再び俳壇に復帰し、自ら「守旧派」と称した。客観写生を発展させた

「花鳥風詠」を主張した。

3、水原秋桜子は1928年に、「馬酔木」を主宰して、虚子の「花鳥諷詠」という説に満足

せず、1931年に、「ホトトギス」から離れた。1935年に、山口誓子が「馬酔木」に加わる

と、新興俳句運動は急速に展開された。

三、短歌

1、与謝野鉄幹(1873-1935)は詩歌集「東西南北」・「天地玄黄」の雄壭な作風で虎剣調

と呼ばれる。1894年に、鉄幹は歌論「亡国の音」で旧派を攻撃した。また1899年に、新

詩社を設立した、1900年に、「明星」を創刉した。妻の与謝野晶子(1878-1942)の「乱

れ髪」は歌数388首の小冊子に過ぎないが、ロマン主義のピラミッドを打ち立てた。ほか

にも、「小扇」「恋衣」「舞姫」「君死にたもうことなかれ」「新々釈源氏物語」

2、石川啄木(1886-1912)は詩人、歌人、小説家として、名が聞こえていた。生活派歌

人と呼ばれる。20歳で処女詩集「憧れ」を刉行し、天才詩人と注目された。啄木は貧困

と病弱に苦しみつつ、「悲しみ玩具」「一握の砂」によって、その感傷性と現実性の両面を

散文的に、直接に、歌い上げた。

3、明星が退廃して、北原白秋(1885-1943)は雑誌「スバル」によって、耽美的、享楽

的な歌を詠んでいた。彼は(1913)に「桐の花」によって、近代的的な感覚を印象派に歌

った。

4、斉藤茂吉(1882-1953)は1913年に第一歌集「赤光」をかんこうして、歌壇の内外か

ら大きな注目を浴びた。生涯に、「新玉」「白い山」などの全17冊の歌集を発表し、また、

柿本人麻呂らの研究書や、「念珠集」などの優れた随筆を残した。

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昭和の小説と評論

一.プロレタリア文学

1、「種蒔く人」と「文芸戦線」

プロレタリア文学活動は、大正十年創刉の「種蒔く人」に始まる。これは、十二年の関東

大震災とその後の弾圧のために廃刉されたが、翌年には旧同人が「文芸戦線」を廃刉して、

運動は再び活気づいた。しかし、これ後分裂して、全日本無産者芸術連盟が成立した。機

関詩「戦旗」を中心にして、プロレタリア文学運動を展開したのである。小林多喜二、宮

本百合子、中野重治たちが活躍した。

2、小林多喜二と「蟹工船」

小林多喜二(1903-1933)、「1928年3月15日」「蟹工船」「不在地主」「党生活者」などが

彼の代表作である。

1928年に「蟹工船」は「戦旗」に発表した。

3、宮本百合子(1899-1951)、処女作「貧しき人々の群」は「中央公論」に発表した。「伸

子」は自伝的な小説で、彼女の初期の代表作である年会节目速成 。また、「刻々」「杉垣」「播州平

野」など作品がある。

二.新興芸術派

1、1930年、中村武羅夫を初めとする多くの新人が集まり、新興芸術倶楽部を結成した。

井伏鱒二、堀辰雄はそれぞれの個性の作品を残してくれた。

2、井伏鱒二(1898-1993)、代表作は「山椒魚」「幽閉」など、独自の井伏文学を確立した。

初の作品集「夜ふけと梅の花」を出版した。1938年、「ジョン萬次郎漂流記」で第6回直

木賞受賞した。

三.新心理主義

1、新興芸術派は衰退した後、伊藤整を中心とした新心理主義の作家は登場した。伊藤整

の「幽鬼の町」、川端康成の「水晶幻想」、堀辰雄は代表的な人物である。

2、伊藤整(1905-1969)、初めて「心理主義」を提言した。処女詩集「雪明りの路」、自伝

的小説として「鳴海仙吉」「若い詩人の肖像」などがある。評論では「日本文壇史」「小説

の方法」「近代日本人の発想の諸形式」などがある。「氾濫」「変容」「発堀」は近代小説三

部作である。

3、堀辰雄(1904-1953),代表作は「水族館」「聖家族」「幼年時代」「美しい村」「風立ち

ぬ」などである。

四.文芸復興

プロレタリア文学の衰退や世の中の不安の中で、芸術派や旧世代の老大家たちが復活して、

文壇が復興の様相を呈していた。永井荷風の「つゆのあととき」、「日陰の花」谷崎純一郎

の「芦刈り」「春琴抄」、島崎藤村の歴史小説「夜明け前」、志賀直哉の唯一の長編小説「暗

夜行路」などが代表作である。

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五.新人作家の登場

1、文芸復興気運に乗り、多くの新人作家が輩出し、「昭和十年代の作家」と後世に称され

ていた。「蒼茫」の石川達三、「草筏」の外村繁、「人生劇場」の尾崎士郎、「若い人」の石

坂洋次郎などは登場した。

2、石坂洋次郎(1900-1986)、処女作「海を見に行く」、「若い人」で作家の地位を確立し

た。その以後、「青い山脈」などの通俗小説が発表された。

3、石川達三(1905-1985)、1930年、「新早稲田文学」の同人となり、小説を書く。代表

作は「蒼茫」、「人間の壁」「金環蝕」などである。

戦後の文学

一.既成作家の復活

永井荷風の「踊り子」、「勲章」、谷崎純一郎の「細雪」、「尐将滋幹の母」、志賀直哉の「灰

色の月」、「蝕まれた友情」などが発表した。

二.無頼派

1、太宰治(1909-1948)、代表作は短編小説「走れメロス」、「斜陽」、「冬の花火」「人間失

格」などである。

2、坂口安吾(1906-19551)、「堕落論」などにより、時代の寵児となり、無頼派と呼ばれ

る作家の一人になる。小説「白痴」、自伝的作品として「風と光と二十の私と」などがあ

る。

三.新日本文学会

1946年に、「新日本文学会」を成立して、戦後民主主義文学の中心となった。宮本百合子

の「風知草」「二つの家庭」「播州平野」、佐多稲子の「私の東京地図」、中野重治の「梨の

花」などの作品が発表された。

四.戦後派

1946年、平野謙、佐々木基一などが戦後文学を主導した同人誌「近代文学」を創刉した。

1、三島由紀夫(1925-1970)、戦後の日本文学を代表する作家の一人である。代表作は小

説「仮面の告白」、また「潮騒」「金閣寺」「鏡子の家」「豊饒の海」四部作などがある。

2、大岡昇平(1909-1988)、米軍の捕虜になった経験を生かして、「俘虜記」を書いた。「武

蔵野夫人」「野火」「花影」も彼の代表品である。

3、阿部公房(1924-1993)、「赤い繭」「砂の女」「他人の顔」などの作品を表した。

五.第三の新人

1、安岡章太郎(1920--)、「ガラスの靴」「陰気な楽しみ」「悪い仲間」「海辺の光景などは

彼の」代表品である。

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2、遠藤周作(1923-1996)、「カトリック作家の問題」「白い人」などが発表されて、第三

の新人の一人になった。「狐狸庵山人」の雅号を名乗りた。「沈黙」も有名である。

昭和三十年代の文学

一.社会派作家

1、大江健三郎(1935--)、1957年「死者の奢り」で注目され、「飼育」「個人的な体験」「万

元年のフットボール」などを発表した。

2、石原慎太郎(1932--)、「太陽の季節」は代表作である。

二.女流作家

1、瀬戸内晴美(1922--)、主な著作は「夏の終わり」「不惑妬心」「月夜」などがある。

2、円地文子(1905-1986)、「源子物語」現代語訳。

三.中間小説

1、井上靖(1907-1991)、「闘牛」で芥川賞を受賞した。代表作には小説「氷壁」「春の嵐」

「猟銃」などがあり。歴史小説には「風林火山」「淀どの記」がある。中国大陸や西域を

題材にして「楼蘭」「敦煌」などを書いた。「しろばんば」「夏草冬涛」「北の海」は、彼自

身がモデルの主人公の自伝的な作品である。「花の下」「月光」「雪の面」は彼の晩年の短

編三部作である。

3、水上勉(1919-2004)、1959年に日本共産党の「トラック部隊」を題材にした「霧と影」

を書いた。水俣病を題材にした「海の牙」を発表した。作品は「雁の寺」「飢餓海峡」「く

るま椅子の歌」などである。

昭和四十年代の文学」

1、柴田翔(1935--)、青春小説「されどわれらが日々―」、「贈る言葉」「鳥の影」「人間と

して」などな作品がある。

2、三浦哲郎(1931-2010)、代表作は「忍ぶ川」である。

昭和五十年代以後の文学

村上春樹(1949--)、代表作は「ノルウェノの森」である。その他の主な作品に「羊をめ

ぐる冒険」「世界の終わりとハードボイルド.ワンダーランド」「ねじまき鳥クロ二クル」

「海辺のカフカ」「1Q84」などがある。

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川柳

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